【二関節筋】
1) ヒト四肢の筋配列
二関節筋と言っても決して特殊な筋ではなく、極く身近な筋で、図1左パネルに示すように上肢では力こぶを作る筋が二関節筋なのである。上腕二頭筋と称し、肩胛骨に起始を発し、肩関節を越え、上腕骨の前面を通り、肘関節を越えて前腕の橈骨上部に着く。肩関節、肘関節と2つの関節に跨って着くので二関節筋と名付けられている。この筋が収縮すると肩関節では上腕を持ち上げる屈曲動作が起こり、同時に肘関節でも屈曲動作が起こる。隣接する2
つの関節を同時に動かす筋である。同図1左パネルの上腕骨の後面、上腕二頭筋の反対側に上腕三頭筋長頭が拮抗する二関節筋ペアとしてあり、上腕二頭筋と逆の働き、すなわち肩関節、肘関節共に伸展に働いている。
下肢の拮抗二関節筋ペアは図1右パネルに示すように大腿直筋とハムストリングスである。大腿直筋は骨盤から起こり、股関節を越え、大腿骨前面を走り、内側広筋、外側広筋、中間広筋と合して大腿四頭筋腱を作り、膝蓋骨を介して下腿脛骨上部に着く。この筋が収縮すると股関節を屈曲、膝関節を伸展させる。大腿直筋に拮抗する位置にハムストリングスがあるが、大腿部中央の後面全部を占める強大な筋である。この筋が収縮すると股関節を伸展、膝関節を屈曲させる。
ここに述べる拮抗二関節筋は動物界には極めて普遍的に存在する筋である。哺乳類をはじめ爬虫類、鳥類、両生類にも存在する。昆虫、外骨格の昆虫の脚リンク機構にも在る。
2)拮抗二関節筋の配置の特徴
この拮抗二関節筋が起始、付着を持つ上肢、下肢の2関節リンク機構の第2関節(肘関節或いは膝関節)はhinged type で、基本的に屈伸運動に対応した構造であるが、第2リンク(前腕或いは下腿)の回内・回外動作にも対応出来る構造ではある。しかしリンク機構の系先端(手根関節部或いは足関節部)の3次元空間での自由な運動に対しては屈伸運動しかできない。しかも上肢、下肢共に拮抗二関節筋群の起始、付着は何れも狭い範囲に纏まっていて、殆どこの屈伸運動面内にあること、さらに屈伸運動面が第1関節周りで少々回転しても拮抗二関節筋群の起始、付着が屈伸運動面から大きく外れることはない。
■上肢での二関節筋アニメーション |
■下肢での二関節筋アニメーション |
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図2 二関節筋アニメーション (SIMM (米国MusculoGraphics社製) による)
このことから拮抗二関節筋は第2関節を含む2次元屈伸運動平面内の運動のためにだけ準備され、配置された筋であると極言しても差し支えなかろう。しかも日常の生活動作では上肢での押し引き、最も基本的な歩行、走行動作など、上肢、下肢共に主要な動作は殆ど第2関節を含む2次元屈伸運動平面内で行われていることが指摘できる。
3)実効筋、実効筋力概念の導入
現行の機械工学界やロボット工学界に見られない2関節同時駆動という概念が、何故ヒトや動物に必要なのか。拮抗二関節筋がヒトや動物の特有の運動特性にどの様に関わっているのか、その運動学的解析も2
次元平面の力学計算で済むのであれば、決して困難なことではない。ただし二関節筋を計算座標に組み込むことが求められる。
二関節筋が関わる両端の関節には拮抗一関節筋群が在り、その筋配列は複雑である。しかし、拮抗二関節筋が関わる主要動作に有効に参画できる一関節筋群は、この2次元屈伸運動平面内に在る筋或いは筋束に限られる。そこでこれらの筋或いは筋束を、二関節筋であるか一関節筋であるか、一関節筋であれば屈筋であるか伸筋であるかによって、機能別実効筋(Functionally
different Effective Muscle, FEM) と定義した。図3に第1関節(肩関節:S、股関節:H) 周りの拮抗一関節筋ペア(f1,e1)、第2関節(肘関節:E、膝関節:K)周りの拮抗一関節筋ペア(f2,e2)
、拮抗二関節筋ペア(f3,e3)の実効筋配置を示す。
先に述べたように上肢、下肢共にf3,e3 は実在する拮抗二関節筋そのもので、姿勢が変化しても殆ど実効的影響は受けない。ところが拮抗一関節実効筋の中でも特に上肢肩関節周りのf1,e1
を構成する筋及び筋束は、肩関節の可動範囲が大きいので姿勢変化に伴って実際の筋及び筋束の構成は著しく変わる。これによって実効筋の出力にどの様に影響するかは今後の研究課題である。また第2関節については第1関節ほどの可動域はないが、第2リンクすなわち前腕或いは下腿の二関節筋群がf2,e2
に実効的に影響を及ぼすかどうか、これも今後の研究課題である。
何れにせよ、これら3対6筋の実効筋(fi: ei, i=1, 2, 3) の出力を直接計測することは出来ないが、実効筋が四肢2関節リンク機構の系先端の作業座標系に発揮できる出力は計測可能である。系先端の作業座標系で計測できる実効筋出力を実効筋力(Functionally
different
Effective Muscle Strengths: FEMS) と定義した。個々の実効筋が系先端の作業座標系に発揮できる個々の実効筋力(Ffi:
Fei, i=1, 2, 3) を示したものが図4左パネルである。3対6筋の実効筋が系先端に最大出力を発揮するための協調活動パターンは理論的、実験的に求められており、それによって系先端に発揮される出力分布は幾何学的に描画可能で、図
4右パネルに示すように6角形となる
4)拮抗二関節筋による出力方向制御
拮抗筋群による出力方向制御の問題は協調制御モデルの根幹をなす特性の一つで別途、筋電図所見に基づき、理論的、実験的に解析された結果を詳細に説明するが、図4に明らかに示されているように、方向A
と方向B の間、及び方向D とE の間は拮抗二関節筋(f3,e3)の活動レベルの比率によって出力方向が制御されていることが、さらに方向B
とC、及び方向E とF の間は第2関節の拮抗一関節筋(f2, e2)の、方向C とD、及び方向F とA の間は第1関節の拮抗一関節筋の活動レベルの比率によって出力方向が制御されていることが読みとれる。
拮抗筋群の中でも、拮抗二関節筋が出力方向制御に貢献している事実は簡単に体感することが出来る。すなわち、図5に示すように肘を軽く曲げて机の端を掴み、反対の手で上腕を軽く握り、親指で上腕三頭筋長頭の筋腹に触れ、他の4指で上腕二頭筋の筋腹の触れ、先ず肩関節(S)と手首(W)を結ぶA
方向に、姿勢は変えないようにしながら力を入れてみる。その時どちらの筋が固く収縮しているか、親指と他の4指の感触で確かめる。次に肘関節(E)と手首(W)を結ぶ、前腕に沿ったB
方向に、同じく姿勢は変えないで力を入れてみる。今度はどちらの筋が固くなっているか親指と他の4指の感触で確かめる。
A 方向では親指側、上腕三頭筋長頭が、B 方向では4指側、上腕二頭筋が固くなっているはずである。A 方向とB 方向の間はこの拮抗二関節筋が出力方向を制御していることが触診で簡単に体感できる。詳しくは他を参照して欲しいが、外見的なMotion
capture
baseの動作解析だけからは二関節筋が深く関わる出力方向制御のカラクリを解くことは殆ど不可能に近いことを指摘しておく。
5)関節座標系と二関節筋座標系による出力分布の差違
従来の身体運動學力学体系は機械工学の力学体系をそのまま導入して始められたために、二関節筋を計算座標系に取り込む事を怠り、単純に関節トルクを計測し解析する以上の手段を講じることがなかった。そのために、図6に示すように致命的矛盾を抱え込む事になったのである。すなわち関節座標系として関節トルクだけから系先端作業座標系の出力を計算しその分布を描けば4角形になるが、二関節筋を計算に取り込み、3対6筋の拮抗筋群が系先端作業座標系に協調して発揮する出力を計算しその分布を描くと6角形になる。ヒトを被験者にして実測した出力分布は6角形を示していた。いま、第1関節と第2関節周りのトルク比が1,5:1であるような筋力配分を持つリンク機構で、図5に示すような姿勢条件下で最大出力とその方向を計算してみると、関節座標系ではその方向は23゚となり、その出力と共に、二関節筋座標系として計算した値と明らかな差違が出てくる事が示されている。このような差違が今まで殆ど問題にされることがなかったのは、日常生活レベルでは最大出力より遙かに低いレベルの出力で動作が営まれており、オリンピックレベルの選手が対象になった場合でも、ヒトは筋出力レベルを正確に制御することは殆ど不可能に近く再現性が極めて低い事に由来すると考えられる。我々が進めている二関節筋装備協調制御ロボットによる検証で、この問題は解決を見るであろう。
6)動物界の二関節筋配列
二関節筋は哺乳類を始め、爬虫類、鳥類、両生類、さらには外骨格系である昆虫の脚リンク機構にさえ存在する。極めて普遍的な存在だが、興味あることに種類によってその筋配列には違いが見られる。図7に示すように極めて特徴的である。
(a) 霊長類:ヒトから原猿に至るまで同じ筋配列を示す。下腿前面に腓腹筋に拮抗する二関節筋を欠く。
(b) 有蹄類及びイヌ、ネコ:大腿二頭筋の腱の一部が分岐し下降して踵骨に着く。また大腿二頭筋の一部は別れて大腿前面に走り膝蓋骨に着く。
(c) 両生類:f1, f2 を欠き、下腿前面に腓腹筋に拮抗する二関節筋を欠く。
さらに、霊長類はヒトから原猿に至るまで、図7(a)に示す筋配列を同様に持ちながら、サルの仲間では筋の大きさの配分が生活様式を反映して明らかな差違を示すことが報告されている。協調制御モデルに基づく解析が自然人類学領域の研究の視野を広げると期待される。
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